深海菊絵著『ポリアモリー 複数の愛を生きる』に見られるsex negativeな論理。 / by Nao-Horomura

何日かに渡って深海菊絵著『ポリアモリー 複数の愛を生きる』の研究の問題点を指摘してきましたが、私は、深海菊絵氏に全面的に責任があるとは思っていません。というのも、深海菊絵氏は日本の大学に籍を置いている研究者であり、様々な圧力がかかっていることも考えられるからです。

日本の大学ではまだまだ性に対しての様々な差別があります。女性差別、特定の性行動を病気と見做すような差別など、それらは多岐に渡ります。差別的な見方を教えられることも少なくありませんし、差別的な見方をする教授たちに気に入られるような研究が出来ないと、ポジションが得られなかったりもします。

実際、私は、日本の社会学の教授から、ポリアモリーを公言しないように促されたこともありますし、本の出版に関して内容を変えるように促されたりもしました。そうした圧力はとても大きなもので、私自身、ものすごい疲労感をおぼえましたし、身の危険も感じました。

このような日本の大学の状況を考慮した上で、深海菊絵氏『ポリアモリー 複数の愛を生きる』の問題点、sex negativeな態度が見受けられる箇所を、指摘します。例えばそれは、以下のような記述です。

「性革命」はアメリカの性の歴史に多大なインパクトを与えた。しかし、短命だった。八〇年代に入ると性の探求者たちは表舞台から徐々に姿を消し、家庭崩壊を恐れた人びとは性道徳の再建を望みはじめる。さらに、伝統的な性道徳を守ろうとする保守派から性解放派に対する本格的な反撃がはじまっていく。一九八〇年代初頭に発見された「エイズ」も、こうしたバックラッシュに拍車をかけた要因となった。六〇年代から七〇年代にかけて興隆した「性革命」は後退し、人びとは保守的な性モラルを説くレーガン大統領とともに性的秩序の回復に向かっていったのである。(深海菊絵著『ポリアモリー 複数の愛を生きる』47頁)

「性革命は短命に終わった」だなんて、いったい筆者はどこを見てそんなことを言っているのでしょうか。

筆者は60年代、70年代に興隆したムーブメントを「性革命」と捉えています。おそらくこの「性革命」とは、フラワームーブメントやヒッピームーブメント、Summer of Loveなどと呼ばれているもののことでしょう。しかし、このムーブメントは、決して、性という側面からだけ見て理解することはできないものです。学生たちの自主性を重んじようとする学生運動や、人権意識の高まり、反戦運動、フリージャズ、ロックミュージックの台頭など、様々なものと関連しているのです。これらとの関連性を無視し、これらひとつひとつへの深いコミットメントを欠いたまま、性について起こったムーブメントだけを取り上げても、多くのことを見落としてしまいます。

さて、筆者が指摘するように、これらのムーブメントは、短命に終わったのでしょうか?

・・・まさか!

このムーブメントを引っ張った人々、このムーブメントに大きな影響を受けた人々は、今も世界中で大活躍していますし、このムーブメントの中生まれたアイディアは、今も進化し続け、世界中に影響を与えています。私の行っている、「コーチング」もそのひとつです。

また、筆者は、『レーガン大統領とともに「性的秩序の回復」に向かっていった』と書いていますが、ここで起こったことは、正確には、エイズを背景とした、同性愛者へのあからさまな差別、弾圧などです。これらを「性的秩序の回復」などと呼ぶことに、私は疑問を感じます。

このように、使う言葉の端々に、論理の端々に、sex negativeな態度が見受けられるのです。

基本的に、ポリアモリーは、sex positiveなものです。根底に流れる sex positive な態度を自分の中に取り込み、sex positive な人々が目指すものを共に見ることをしなければ、ポリアモリーを理解することは出来ません。