しし座流星群 / by Nao-Horomura

 2001年11月18日。私の17歳の誕生日に、「しし座流星群」が来ると言われていた。それも、32年に一度の規模、もしかしたら、100年に一度の規模、それ以上になるかもしれないと言われていた。その頃、私はよくお父さんの天体観測に付き合っていて、星に詳しかった。当時、私とお父さんはよく、夜8時になると照明が消えて真っ暗になる、滝野霊園の駐車場近くに車を停めて星を見ていた。

 しし座流星群が来る当日、札幌の空は厚い雲に覆われていた。32年に一度とも100年に一度とも言われる規模のしし座流星群を見逃してしまうのかと私は残念な思いでいた。ちょうど次の日が中間試験だったから試験勉強をしながら、チラチラ天気予報を気にしていた。

 私には当時、6歳年上の交際相手がいた。彼は星に詳しいわけじゃないけど、音楽フェスティバルで 奇跡的なライブに居合わせる、みたいなことは大好きだったから、何日も前からしし座流星群に期待していた。当日の昼、「もしかしたら見れるかもしれないよ。俺はスタンバイしてる。」と言っていた。

 私はソワソワしながら勉強していた。晴れる気配はなかった。

 夜になると、お父さんが、「しし座流星群を見に行くぞ」と言いだした。「車で千歳のほうまで 行けば見えるかもしれない。」と。そして、私とお父さんは車で千歳方面に向かった。ところが、 千歳方面も雲が厚く、星ひとつ見えなかった。しし座流星群が来る時間は近づいていた。私とお父さんは焦っていた。 その時、6歳年上の彼から電話が来た。「今、どこにいる?」「千歳方面」「そっちどう?」「全然ダメ。曇ってる。」「今、俺、滝野霊園方面に向かってるんだけど、こっち少しずつ晴れてきたよ。こっち来いよ。」

 私とお父さんはUターンして滝野霊園に向かった。 滝野霊園に近づくと、だんだん星が見えてきた。午前1時くらいだったと思う。星はじゃんじゃん流れていた。滝野霊園には数組天体観測マニアがいるだけだった。 彼は、私も一緒に遊んだことのある彼の悪友を連れていた。星はじゃんじゃん流れ続けていて、 それはだんだん雨のようになっていた。彼と彼の悪友は、「ドーン!」と両手を空にあげ、どちらが星を多く降らすことが出来るか勝負していた。(その勝負は彼の勝ちだった。)

 午前3時半頃。ピークタイムの予想通り、雨のように降り注ぐ星は激しくなっていった。降り注ぐ星で照らされた空は夜とは思えない明るさだった。彼は車の陰で、私にキスをしてきた。私は目を閉じた。その間だけ、世界が暗闇になった。

 結局夜が明け始める頃まで私たちは空を見続けた。朝起きると彼から「お誕生日おめでとう」とメールがあった。「ほんとはもっと激しいキスがしたかったけど、お父さんがいたからさすがにね」と。

 私はぼーっと夢心地で中間試験を受けたのだと思う。「昨日勉強した?」とクラスメイトに聞かれて、「いや、しし座流星群を見に行って夜明けまで見てたから。すごかったよ。」と言って、「さすが菜生。やる気ないじゃん。」と、笑われた記憶だけがある。

 次に同じくらいの規模の「しし座流星群」が来るのは32年後と言われていた。私は流れ星に、「32年後も彼と見ることが出来ますように。」とお願いしていた。最新の情報では、2033年から2037年のしし座流星群は、2001年ほどの規模にはならないんじゃないかと言われている。 (2001年のしし座流星群は、1時間あたり1000個の星が流れていた)。でも、きっと、彼と、 みんなで見ることは出来ると思う。私と彼は、昔も今もずっと親密で、それは、私に何人恋人がいても、彼に何人恋人がいても、ずっと変わらないことだから。 

 

(サイゾーmessy、2015年掲載)